サバイバーズ・ボイス

人の問題が事業を止めた:採用・育成の失敗から学んだ組織再生の道筋

Tags: チームマネジメント, 採用, 組織崩壊, 事業再建, 失敗談

事業成長の影に潜んだ「人の問題」

起業家として事業を軌道に乗せ、成長させていく過程では、予期せぬ様々な困難に直面します。資金繰り、市場の変化、競合の出現など、外的要因によるリスクは常に存在しますが、時には事業の内側、特に「人」に関する課題が、事業の継続そのものを危うくすることがあります。私が経験した事業失敗は、まさにこの「人の問題」、すなわちチームマネジメントと組織文化の崩壊が引き金となりました。

事業を始めた当初、私たちは少人数で、共通の目標に向かって非常に高い熱量で仕事に取り組んでいました。明確なビジョンと強い信頼関係のもと、困難も共に乗り越え、サービスは順調に成長を遂げました。ユーザー数が増加し、事業規模を拡大する必要が生じたとき、私たちは事業の次のフェーズに進む期待感に満ちていました。しかし、この急拡大期に、私たちは決定的な判断ミスを犯してしまいました。

急拡大が招いた採用・育成の失敗

事業規模を拡大するために、私たちは急ピッチで人員を増やす必要に迫られました。当時は、とにかくリソースを確保することが最優先だと考え、採用基準や選考プロセスを十分に練らないまま、多くの人材を受け入れました。その結果、私たちの事業に対する深い共感や、創業期を支えた自律的で挑戦的なマインドセットを持たないメンバーが多数入社することになりました。

また、組織が急激に大きくなるにつれて、初期に自然発生的に形成されていた密なコミュニケーションや暗黙の了解が機能しなくなりました。新しいメンバーに対する体系的なオンボーディングや育成の仕組みが存在しなかったため、彼らは組織文化に馴染むのに時間を要し、既存メンバーとの間に壁が生まれていきました。情報共有は滞り、部門間の連携は悪化し、かつての「one team」という感覚は徐々に失われていきました。

メンバー個々の能力は決して低くありませんでしたが、チームとしてのベクトルが揃わず、一体感に欠ける状態に陥りました。結果として、意思決定のスピードは落ち、プロジェクトの進行は滞り、サービス改善のサイクルも鈍化していきました。組織内部に生じた歪みが、直接的に事業の停滞へと繋がっていったのです。

事業停止と精神的な苦悩

チームの機能不全は、やがて具体的な事業の数字にも表れ始めました。売上は伸び悩み、コストだけが増加する厳しい状況に追い込まれました。資金繰りは悪化し、事業継続が困難であるという現実を突きつけられました。

しかし、この時期の私にとって最も辛かったのは、経済的な苦境以上に、共に働くメンバーとの関係性の悪化や、彼らのモチベーションが失われていく様子を目の当たりにすることでした。かつては希望に満ち溢れていたオフィスが、重苦しい空気に包まれるのを感じる日々は、筆舌に尽くしがたいものでした。優秀なメンバーが次々と去っていくのを見送るたび、経営者としての自身の責任と無力さを強く感じました。事業の失敗は、単に会社がなくなるということだけでなく、関わってくれた人たちの時間や期待を裏切ってしまったのではないか、という深い後悔と精神的な苦痛を伴うものでした。

失敗から得た「人」への深い学び

事業を一度停止せざるを得なくなったことは、私にとって大きな挫折でした。しかし同時に、立ち止まり、これまでの道のりを徹底的に内省する貴重な機会でもありました。この経験を通じて、事業経営において「人」という要素が持つ計り知れない重要性を、私は身をもって学びました。

具体的に私が失敗から得た教訓は以下の通りです。

  1. 採用は事業の根幹である: 採用は単なる人員補充ではなく、未来のチームと文化を創る行為であること。スキルセットだけでなく、自社のビジョンやバリューに共感し、変化を楽しめるマインドセットを持った人材を見極めることの重要性。採用プロセスには時間と労力を惜しむべきではないこと。
  2. 組織文化は意図的に創り、育むもの: 組織文化は自然にできるものではなく、経営者が明確なビジョンを持ち、それを日々の言動や仕組みを通じて意識的に浸透させていく努力が必要であること。共通の価値観や行動規範があることで、チームは困難な状況でも結束力を保てます。
  3. コミュニケーションは量と質の双方が重要: メンバー間の信頼関係は、オープンで率直なコミュニケーションによって築かれること。定期的な1on1ミーティング、情報共有ツールの活用、非公式な交流の場の設定など、多角的なアプローチでコミュニケーションを促進する必要があること。
  4. 経営者自身の人間性と向き合うこと: 経営者自身が模範となり、メンバーの声に耳を傾け、自身の弱さや失敗を認め、そこから学び続ける謙虚な姿勢が、チームからの信頼を得る上で不可欠であること。

再起への道筋:組織再生への注力

過去の失敗から得たこれらの教訓を胸に、私は新たな事業での再起を目指しました。次に事業を立ち上げる際には、「何をやるか」と同時に「誰と、どのようにやるか」という点に、以前にも増して深く向き合いました。

まず、初期メンバーの選定には、以前の反省から非常に慎重に行いました。事業への情熱、スキル、そして人間性や価値観が一致するかどうかを、複数回の面接やカジュアルな対話を通じて見極めました。少人数でのスタートでしたが、お互いを深く理解し、信頼できるチームを築くことを最優先しました。

事業が成長し、新しいメンバーを迎えるフェーズになった際には、明文化された採用基準に基づき、採用プロセスを厳格に運用しました。入社時には、事業のビジョン、ミッション、バリュー、そして具体的な行動指針を丁寧に説明し、組織文化への理解を深めてもらうためのオンボーディングプログラムを整備しました。

日々の運営においては、心理的安全性を確保し、誰もが率直に意見を言えるような雰囲気作りを意識しました。定期的なチームミーティングで、成功だけでなく課題や失敗もオープンに共有し、皆で改善策を考える習慣をつけました。また、個別の相談にいつでも応じられるよう、メンバーとの距離を縮める努力も怠りませんでした。

これらの取り組みを通じて、新たな事業では、以前の失敗時とは比較にならないほど、強く、しなやかな組織を築くことができています。メンバー一人ひとりが事業の成長に貢献することに喜びを感じ、困難な局面でも互いに支え合いながら前向きに取り組む文化が根付いていることを実感しています。

失敗は「人」を強くする機会

私の事業失敗は、「人」に関する課題を軽視したことによって引き起こされました。しかし、その痛みを伴う経験があったからこそ、事業経営における人間関係の重要性、組織文化を育むことの価値を深く理解することができました。

これから起業を目指す皆様にとって、失敗への不安は少なからずあることと思います。特に、「人の問題」は予測が難しく、避けたいと感じるかもしれません。しかし、事業を成功させるためには、必ず多くの人々と関わり、共に働くことになります。「人」に関する課題は、避けて通れない道であり、だからこそ、失敗から学び、適切に向き合う姿勢が非常に大切になります。

私の経験が示すのは、失敗は事業を終わらせるものではなく、組織と自分自身をより強くするための貴重な機会になり得るということです。困難に直面したとき、それを単なる不幸と捉えるのではなく、「なぜそうなったのか」「ここから何を学べるのか」と深く掘り下げ、改善のための具体的な行動に繋げることが重要です。そして何よりも、「共に事業を創り上げていく仲間」という「人」を大切にする経営を実践すること。それが、不確実な起業という航海において、最も頼りになる羅針盤となるはずです。