社会的な視点欠如が招いた事業撤退:サプライヤー労働問題から学んだ「儲け」の真の意味
順調な成長の裏にあった見えないリスク
私の起業した事業は、特定の製品を海外から安価に仕入れ、国内のオンラインストアで販売するというものでした。市場のニーズを捉え、価格競争力もあったことから、事業は立ち上げから比較的順調に成長軌道に乗りました。売上は右肩上がりで、スタッフも増え、このまま事業を拡大していけるという確信にも近い感覚を持っていた時期です。
しかし、この急成長の影には、私が当時軽視していた重大なリスクが潜んでいました。それは、サプライチェーンにおける倫理的な問題、特に主要な海外サプライヤーの労働環境に関するリスクです。当時の私は、いかに安く仕入れ、いかに早く顧客に届けるかという、目先の利益と効率性ばかりに意識が向いていました。サプライヤー選定の基準は、価格、納期、品質のごく一部の側面のみであり、その製造過程で働く人々の労働環境や、それが社会全体に与える影響といった視点は、残念ながらほとんど欠落していました。
失敗の核心:社会的な非難と信頼の崩壊
問題は、ある海外NGOのレポートが公表されたことから始まりました。そのレポートは、私の主要サプライヤーを含む複数の工場における過酷な労働実態を告発するものでした。児童労働の可能性や、劣悪な労働条件、低賃金といった内容は、衝撃をもって国内外に広まりました。
私たちの事業は、そのサプライヤーからの仕入れに大きく依存していたため、すぐに批判の矢面に立たされることとなりました。SNSでは「非人道的な労働で搾取した製品を売っている」といった厳しい非難が殺到し、マスメディアからも取材依頼や問い合わせが相次ぎました。一部の顧客からは不買運動を呼びかける声も上がり、大手百貨店からの取引停止通告、主要なオンラインプラットフォームからの出品停止勧告など、事業の根幹を揺るがす事態が立て続けに発生しました。
売上はほぼゼロになり、従業員は不安を募らせ、次々と離職していきました。資金繰りは急速に悪化し、連日、金融機関や取引先への対応に追われることになりました。精神的な負担も非常に大きく、夜も眠れず、人前に出るのが恐いと感じるようになりました。社会的な非難は想像以上に厳しく、過去の成功体験は一切意味をなさなくなりました。この時、私は事業を継続することが不可能であると判断し、苦渋の決断として事業撤退を決断しました。
失敗から学んだ「儲け」の真の意味
この一連の経験から、私は起業家として、そして一個人として、非常に多くのことを学びました。最も大きな気づきは、「儲け」とは単に数字上の利益を追求することではない、ということです。事業活動は、単に製品やサービスを提供するだけでなく、その過程で関わる全ての人々、そして社会全体に影響を与えるものであるという当たり前の事実を、事業の崩壊という形で突きつけられました。
サプライチェーンの透明性と倫理的な配慮は、もはやコストではなく、事業継続のための必須条件であると痛感しました。目先の利益に囚われ、サプライヤーの選定基準を価格だけで判断したことは、非常に浅はかな経営判断でした。また、社会的な問題に対するアンテナの低さ、そして問題が発覚した際のリスク管理体制の不備も致命的でした。
この失敗を通じて、信頼という無形資産の価値を改めて認識しました。顧客や取引先からの信頼は、積み上げるには時間がかかりますが、失うのは一瞬です。そして、一度失った信頼を回復することがいかに困難であるかを知りました。事業を営む上で、短期的な利益だけでなく、長期的な視点に立ち、倫理観やコンプライアンスを徹底することの重要性を、身をもって学びました。これは、単なる「CSR(企業の社会的責任)」といった枠組みではなく、事業そのものの根幹に関わる問題であると深く理解しました。
再起への道筋と新しい事業哲学
事業撤退後、私はしばらくの間、心身ともに疲弊し、将来に対する希望が見いだせない時期を過ごしました。しかし、このまま終わるわけにはいかないという強い思いと、失敗から学んだ教訓を必ず次に活かしたいという気持ちが、私を立ち直らせる原動力となりました。
まずは、事業撤退に伴う整理や債務処理に誠実に取り組みました。そして、一人で静かに、なぜ失敗したのか、自分は何を間違えたのかを徹底的に内省する時間を持ちました。この内省の過程で、私は新しい事業のテーマを見つけました。それは、過去の失敗で痛感した社会的な責任を果たすことの重要性を、事業の中心に据えるというものです。
再起に向けて、資金はゼロからのスタートでしたが、過去の経験を正直に語り、新しい事業への熱意と具体的な計画を説明することで、少しずつ協力者や理解者を得ることができました。新しい事業では、サプライチェーン全体における透明性を確保し、関わる全ての人々が適正な労働条件で働けるような仕組みを構築することに、最も力を入れています。また、単に製品を販売するだけでなく、事業を通じて社会的な課題解決に貢献できるようなモデルを目指しています。
読者の皆様へ:失敗を恐れず、社会と向き合う勇気を
かつての私は、成功だけを目指し、見たくないものから目を背けていました。しかし、失敗は、私に本当に見るべきもの、つまり事業が社会や人々に与える影響という視点を与えてくれました。事業における「儲け」とは、短期的な利益だけでなく、社会からの信頼、そして持続可能性の上に成り立つものであると今は考えています。
将来起業を目指す皆様の中には、失敗を強く恐れている方もいらっしゃるかもしれません。私の経験が示すように、事業の失敗は非常に大きな苦痛を伴うことがあります。しかし、失敗から学ぶことは、成功体験からは決して得られない、深く、そして普遍的な教訓です。リスク管理は数字だけでなく、社会的な視点も含めて考える必要があります。そして、困難に直面したとき、逃げずに真摯に向き合う勇気が、必ず再起への道を開くと信じています。
事業は、単に製品やサービスを売るだけでなく、社会の一員として責任を果たしていく活動です。このことを心に留め、皆様の起業の旅が、社会にとって価値あるものとなることを心から願っています。
まとめ
本稿では、社会的な視点や倫理的な配慮を欠いた結果、事業撤退に至った一人の起業家の体験談をご紹介しました。この失敗は、サプライチェーンのリスク管理、コンプライアンスの徹底、そして事業活動が社会に与える影響を深く考えることの重要性を浮き彫りにしました。失敗から学び、社会的な責任を事業の根幹に据えることで再起を果たした彼の経験は、これから起業を目指す方々にとって、リスク管理やマインドセットに関する貴重な示唆となるでしょう。事業の成功は、経済的な側面だけでなく、社会からの信頼の上に成り立っていることを忘れてはなりません。