「自分しかできない」が事業を止めた:属人化リスクから学んだ事業基盤構築の軌跡
起業家にとって、「自分が一番うまくできる」という自負心は、事業を立ち上げ軌道に乗せるための原動力となることが少なくありません。しかし、その強みが思わぬ形で事業継続のリスクとなる場合があります。今回は、「自分しかできない」という状態、すなわち属人化が引き起こした事業停止の危機を乗り越え、より強固な事業基盤を構築して再起を果たした起業家の体験談をご紹介します。
失敗に至る経緯:成長の裏で進行した「属人化」
私の事業は、特定の高度な専門知識と、私自身の卓越した技術力によって立ち上がりました。当初は私一人、あるいは少数のコアメンバーで事業を運営しており、顧客からの評価も高く、順調に成長を続けていました。事業が拡大するにつれて従業員を増やしましたが、サービスの根幹に関わる部分や、特に重要な顧客対応、技術的な判断などは、自然と私が担うことが増えていきました。
「自分がやった方が早い」「他の人に任せるより質が高い」という思い込みがあったことも事実です。マニュアル化や教育体制の整備は後回しになり、結果として、特定の業務や判断が私や数名のキーパーソンに集中する「属人化」が急速に進んでいきました。当時は事業の勢いに乗っており、この属人化が将来的にどのようなリスクをもたらすのか、深く考えるに至りませんでした。むしろ、「自分が不可欠であること」が、ある種のやりがいにも繋がっていたのです。
失敗の核心と苦悩:突然の機能停止
属人化の弊害が露呈したのは、予期せぬ事態が発生した時でした。中心的な役割を担っていたメンバーが、突然の病気で長期離脱を余儀なくされたのです。彼にしかできない業務が社内に複数存在していたため、その機能が完全に停止してしまいました。
さらに悪いことに、私も同時期に別の問題対応に追われており、代替要員を迅速に育成・配置する余裕がありませんでした。結果として、複数のプロジェクトが遅延し、顧客からの信頼を失い始めました。資金繰りにも影響が出始め、事業は事実上、一部機能不全に陥りました。
この時、私は大きな精神的苦痛に苛まれました。「なぜもっと早く仕組み化しなかったのか」「自分が全てを抱え込んだせいで、皆に迷惑をかけてしまった」という自責の念に潰されそうでした。事業の未来が見えなくなり、夜も眠れない日々が続きました。経営者としての無力さを痛感する日々でした。
失敗から学んだこと:リスクとしての属人化
この絶望的な状況を通じて、私はいくつかの重要な教訓を得ました。
第一に、「自分しかできない」という状態は、事業にとって最大のボトルネックであり、リスクであるということです。創業者や特定のメンバーが優秀であることは素晴らしいことですが、それが仕組みや組織の成長を妨げる壁となることを思い知らされました。誰かが欠けた瞬間に機能しなくなる事業は、非常に脆い基盤の上に成り立っているのです。
第二に、人に任せることの重要性です。完璧を目指すあまり、あるいは説明や指導の手間を惜しむあまり、自分で抱え込んでしまうのは間違いでした。任せることで人は育ち、組織は強くなることを学びました。
第三に、事業継続性を確保するための「仕組み」づくりが、成長戦略と同等、あるいはそれ以上に重要であるという認識です。マニュアル化、標準化、複数人でのチェック体制、情報共有の仕組みなどは、緊急時のリスクヘッジであると同時に、事業の質を均一に保ち、効率を高めるための基盤となります。
再起への具体的なステップ:組織を「強くする」改革
事業が停止寸前まで追い込まれたことで、私は根本的な組織改革を決意しました。資金繰りに奔走しながら、並行して以下のステップに取り組みました。
- 業務の可視化と分解: まず、私やキーパーソンが行っていた業務を全て洗い出し、タスクごとに細かく分解しました。
- マニュアル・標準化: 分解した業務について、誰でも一定レベルのパフォーマンスを発揮できるよう、詳細なマニュアルを作成し、手順を標準化しました。
- 権限委譲と教育: マニュアルに基づき、従業員への教育を徹底しました。そして、思い切って担当者に権限を委譲し、実践を通じて学んでもらう機会を増やしました。最初は不安もありましたが、従業員たちは期待に応えようと努力し、目覚ましい成長を見せてくれました。
- 情報共有の徹底: 特定の個人の頭の中にしかない情報がないよう、社内wikiや共有ツールを活用し、あらゆる情報をオープンにしました。
- チームビルディング: 互いに助け合い、補い合えるチーム文化の醸成に努めました。定期的なミーティングやフィードバックの機会を設け、コミュニケーションを活性化させました。
これらの取り組みは、一時的に私の負荷を増やす側面もありましたが、組織全体の能力向上に繋がり、特定の個人に依存しない強い事業基盤が構築され始めました。失った信頼を取り戻すには時間がかかりましたが、地道な努力の結果、事業は徐々に回復軌道に乗せることができたのです。
現在の視点と読者へのメッセージ
現在の私の事業は、以前よりもはるかに安定した基盤の上に立っています。あの時の失敗があったからこそ、属人化のリスクを常に意識し、組織全体の能力を高めることに注力できています。人に任せることの難しさと重要性を理解し、従業員の成長を心から喜べるようになりました。
これから起業される方、あるいは既に事業を始めている方へお伝えしたいのは、成功事例だけでなく、失敗事例から学ぶことの価値です。特に、私のように「自分ならできる」という思いが強い方ほど、意識的に人に任せる訓練をし、業務を仕組み化することを強く推奨します。それは一見遠回りに見えるかもしれませんが、事業を継続的に成長させるためには不可欠なステップです。
失敗は確かに苦しい経験ですが、そこから目を背けず、真摯に向き合うことで、事業も経営者自身も大きく成長することができます。私の体験談が、皆様の起業や事業運営におけるリスク管理の一助となれば幸いです。
まとめ
本記事では、特定の個人への依存(属人化)が招いた事業継続の危機、そしてそこから学び、組織的な仕組みづくりによって再起を果たした起業家の体験談をご紹介しました。属人化は成長初期には見えにくいリスクですが、事業規模が拡大するにつれて顕在化し、組織全体の脆弱性を高めます。この体験談から、属人化のリスクを認識し、早期から業務の標準化、権限委譲、情報共有といった組織基盤の強化に取り組むことの重要性をご理解いただけたことでしょう。失敗を成長の糧とし、より強固な事業体を築くための学びとして、この体験談が役立つことを願っています。