創業期の成功モデルが通用しなくなった:拡大期マネジメントの失敗から学んだ組織再生の道
急成長が生んだ組織の歪み
創業当初は、数名の小さなチームでした。皆が同じ目標に向かって走り、阿吽の呼吸で仕事を進めていました。創業メンバーの私が先頭に立ち、あらゆる意思決定を下し、メンバーはそれに応える形で事業は順調に成長軌道に乗りました。お客様からの評価も高く、市場ニーズを捉えたサービスとして、急速に組織を拡大していく必要が出てきました。
この「急拡大」こそが、最初の大きな失敗の始まりでした。事業の成長に追われる中で、私たちは採用を加速させました。しかし、採用人数が増えるにつれて、創業期には存在しなかった様々な問題が顕在化し始めたのです。
創業モデルの限界とマネジメント不全
問題の根源は、創業期の手法をそのまま拡大期に持ち込んでしまったことにありました。創業期は私の属人的なリーダーシップとメンバーの高い自律性に支えられていましたが、人数が増えるにつれて、指示待ちのメンバーが増え、コミュニケーションが円滑に進まなくなりました。
特に大きかった失敗は、中間管理職を置かずに組織をフラットに保とうとしたことです。これにより、私の元にすべての情報が集まり、すべての承認プロセスが発生する状態になり、意思決定のスピードが著しく低下しました。また、各メンバーの目標設定や評価が曖昧になり、貢献度に応じた評価が難しくなりました。
さらに、急務となった採用において、スキルマッチングを重視しすぎ、カルチャーフィットの視点が欠けていたことも大きな要因です。新しいメンバーが既存の組織文化に馴染めず、孤立するケースが見られるようになりました。社内には不満や不安が募り始め、かつての一体感は失われていきました。
事業停滞と組織崩壊の危機
こうしたマネジメントの不備は、やがて事業のパフォーマンスに影響を及ぼしました。チーム間の連携不足から開発スピードが落ち、サービス品質にもばらつきが出始めました。何よりも深刻だったのは、創業期から支えてくれたメンバーを含め、優秀な人材の離職が相次いだことです。人が次々と辞めていく光景は、私にとって想像以上の精神的な痛みを伴いました。事業計画の達成が難しくなり、資金繰りにも影響が出始め、まさに組織崩壊の危機に直面していました。
この時、私は初めて「組織を経営する」ことの難しさと向き合うことになったのです。それまでは、良いプロダクトを作り、良いメンバーを集めれば事業は成長するものだと考えていました。しかし、人が増えれば増えるほど、そこには明確なルール、評価制度、コミュニケーションライン、そしてリーダーシップが必要不可欠であることを痛感しました。
失敗から得た組織再生への学び
このどん底の時期に、私は事業だけでなく、自分自身のリーダーシップや組織運営のあり方を徹底的に見つめ直しました。多くの書籍を読み、先輩経営者に相談し、メンバーの声に耳を傾けました。
最も重要な学びは、「組織は生き物であり、常に変化と手入れが必要である」ということでした。特に、拡大期においては、意図的に組織を設計し、マネジメントの仕組みを構築することが必須であると気づきました。
具体的に学んだ点は多岐にわたります。
- マネジメント層の重要性: 現場を理解し、チームを束ね、経営層との橋渡しをする中間管理職の存在が不可欠であること。権限委譲を通じて、意思決定のスピードを上げ、ボトムアップの意見も吸い上げる仕組みが必要でした。
- 採用戦略の見直し: スキルだけでなく、会社のミッションやバリューへの共感度を重視した採用プロセスを構築すること。そして、新しいメンバーが安心して組織に馴染めるオンボーディングの仕組みを整備すること。
- ビジョン・バリューの浸透: 会社の目指す方向性(ビジョン)と大切にする価値観(バリュー)を、全従業員が理解し、日々の行動の指針とするための継続的なコミュニケーションが重要であること。全体会議や1on1などを通じて、繰り返し語りかける必要がありました。
- コミュニケーション設計: 意図的な社内コミュニケーションの場を設けること。情報の透明性を高め、部署間の壁を取り払い、カジュアルな交流も促進する仕組みが必要でした。
- 評価制度とフィードバック: 公正で納得感のある評価制度を導入し、目標設定と定期的なフィードバックを行う仕組みを作ること。これにより、メンバーの成長を支援し、貢献を正当に評価できるようになります。
組織と共に再起への道のり
これらの学びを実践に移すことは容易ではありませんでした。既に失われた信頼を取り戻し、一度崩壊しかけた組織を立て直すには、根気と時間が必要でした。
まず、現状の組織課題を洗い出すために、全メンバーとの個別面談や匿名アンケートを実施しました。そこで明らかになった課題を真摯に受け止め、改善計画を立てました。
次に、信頼できるメンバーをマネージャーに登用・育成し、権限を委譲していきました。彼らと共に、採用基準や評価制度を刷新し、会社のビジョン・バリューを浸透させるためのワークショップや全社集会を定期的に開催するようになりました。
また、私のリーダーシップスタイルも変える必要がありました。すべてを自分でコントロールしようとするのではなく、メンバーやマネージャーを信頼し、彼らが最大限のパフォーマンスを発揮できる環境を整えることに注力しました。
これらの取り組みは徐々に効果を現し始めました。離職率は低下し、メンバー間の連携が改善され、組織全体の士気が向上していきました。もちろん、今でも課題がないわけではありませんが、問題が発生した際に組織全体で建設的に向き合い、改善していく文化が醸成されつつあります。
現在の視点と読者へのメッセージ
事業は再び安定し、持続可能な成長を目指せる基盤が整いました。あの組織崩壊の危機を経験していなければ、今の私たちは存在しなかったでしょう。あの失敗は、私にとって、そして組織にとって、最も価値のある学びの機会でした。
将来起業を目指す皆さんへ。事業の成功は、プロダクトやサービスだけでは決まりません。「人」と「組織」こそが、事業を長く続け、成長させていくための根幹です。創業初期の数名のチームと、拡大期の数十名、数百名規模の組織では、全く異なるマネジメントが必要です。人が増えることの意味を理解し、組織の成長フェーズに合わせて、意図的にマネジメントの仕組みを構築していくことを強くお勧めします。
失敗は確かに恐ろしいものです。特に、自分が作った組織が軋轢を生み、人が離れていく光景は、非常に辛い経験です。しかし、その失敗から目を背けず、原因を深く探求し、学びを得て、改善のための行動を重ねることで、必ず再起は可能です。失敗は終わりではなく、組織と自分自身を強くするための重要なステップなのです。
まとめ
事業の急拡大期に組織マネジメントの失敗を経験し、組織崩壊の危機に直面しました。創業期の成功モデルが通用しなくなった現実と向き合い、マネジメント層の育成、採用基準の見直し、ビジョン浸透、コミュニケーション設計など、多岐にわたる組織再生に取り組みました。この経験を通じて、事業を持続的に成長させるためには、「人」と「組織」への投資と、常に変化に対応できるしなやかな組織文化の重要性を深く学びました。失敗から学び、組織と共に再起を果たしたこの経験が、これから起業される方のリスク管理や困難克服の一助となれば幸いです。